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東北支部テーマ活動発表会

東北支部へ送った紹介文です。
3月末にアリス1話を高学年年代で発表し、みていた小さい子達もすっかりアリスの世界へ。春の合宿では、全話をテーマに遊びました。夏、アリス2話(英日)や他の物語の発表をしました。さて、今回は英語のみで再びアリスへ。配役を変えてみたり、一人でいくつもやってみたり、表現を変えてみたり・・・・。正しい、と言えるものは探しても見つかりません。アリスの夢想の森ですっかり道に迷ってしまったようです。非常識が常識となり、現実の論理が通用しない世界、奇妙きてれつなキャラクターに出会ってしまったからでしょうか。それぞれの想いが異なることもアリスの大きな魅力なのでしょうが。さあ、困った。へんてこな仲間たちの へんてこなお茶会ですが みなさまの自由でしなやかな想いで観ていただけたら幸いです。         郡山地区 山崎パーティ
 さて、東北支部発表会は来週 4日(日)です。

心を動かされるまでの聴きこみ(ひとつの物語が英語でわかるには100回以上)がないと受身的な表現にしか見えてきません。英語を理解して自ら動きましょう。 役は覚えただけ、何役でもとってかまいませんので、自分から前に出てきましょう。(CDどおりのリズムでしたらぴったりと合うはずです)

ラボメンバーは、けっこう、学校その他でも活躍している子が多いので、何かにつけて、さまざまなところで頼りにされますし、とても良いことなのですが、その分、ラボは息抜きでいい、と考えていませんか?普段の活動はそれでもかまいませんが、今回は東北支部発表会です。

私って1週間前になると愚痴りますね。

ラボっ子達を信じて前日までは気長に待ちたいのですが、先週、数人ずつで歌ってみましたよね・・・・・本当に自分の発表なのでしょうか?覚えていない子は人事のようです。安易に自分の台詞のみを覚えればいいと思っていませんか?しかも ぎりぎりに間に合えば、と。それでは意見が出ません。誰かに創ってもらった表現では、心と体が一致していませんし、微妙に遅れて、見ている側からは歯がゆい動きになっています。数週間前に高校生達に「残り時間が少ないけど、ぎりぎりまで表現をこじんまりとまとめようとしないで、アイデァを出してみない?失敗してもいいけど諦めない方が大切だと思わない?」と言ったら、「今頃になって、何で納得がいかないかのようなことを言うんですか?もっと前から強く言ってくれたら、中学生達の気持ちを追い込めたのに・・・」のような返事。あれ?私ってやっぱり天然ぼけ?時と場をわきまえないので、KY(空気が読めない)?

「もう、2度とエントリーしないから、これが、本当に最後の支部発表だからね」ラボっ子達、いっつもそう言うよね、って顔。

それでも私の要求は土壇場であろうとしていきます。窮地に立って、乗り切れるのが、ラボ山崎パーティの特徴らしいね。少なくても高校生達はそう思ってるのでしょうね。だって、いつもぎりぎりだものね。

それはそうと、小さい子も一緒にみんなで創っていくときは、土壇場仕上げで表現ができる子ばかりではないので、ご家庭へのメール、お便りは要望が多くなります。CDは、家庭環境ですので、おうちの方に整えてもらいたいので、私から出しているのは家庭へのメールでありお便りなのです。環境を整えてもらっている子は、土壇場でも気持ちにゆとりを持ってステージに立ててきたので、本当はそんなに心配はしていないのです。ブログに書いているうちに気持ちが整理されてきました。さあ、みんな、仙台まで行こう!ステージは楽しまなくちゃ!

僕のもう一つの家族

 僕は、この夏アメリカ合衆国ケンタッキー州のサタリー家にホームステイをしてきました。僕が1ヶ月過ごしたサタリー家は、4人家族でホストファーザーのジェイソンは、コンピューターのエンジニアで、ホストマザーのモニカは、専業主婦です。ホストのタイラーは、僕より1歳年上で、弟のジェイコブは、1歳年下でした。
 ホームステイ初日、僕は1泊したホテルの中で、初めてホストファミリーと会いました。初めはとても緊張したけれど、笑顔で話かけてくれたので、自分も笑顔で話すことができました。ホストファミリーの家まで行く車の中では、「日本からここまで来るのに何時間だったの?」とか「疲れた?」というようなことを聞かれたけど、英語が難しくて分からなかったり、どう答えていいのか分からない時がありました。そんな時、役に立ったのが辞書です。タイラーと2人で、辞書を見せ合いながら会話をしていました。ホテルから30分くらいで家に到着しました。プールはありませんでしたが、とても大きく庭も広くてビックリしました。最近出来たばかりの新築なので、家の中も外も清潔感があって綺麗でした。僕が1ヶ月間寝ることになる弟のジェイコブの部屋に荷物を置いてから、タイラーとジェイコブに家の中を一通り案内してもらいました。家には地下もあり、とても広々としていました。一日目はかなり疲れていたので、ぐっすりと眠っていました。
 タイラーとジェイコブは、学校に行かないホームスクールだからか、毎日9時~10時くらいに起きていました。僕もそれくらいの時間に起きていたので、寝不足にはなりませんでした。シャワーは、毎日朝に浴びました。最初は慣れませんでしたが、だんだんこの習慣にも慣れていきました。朝食は、ほとんど毎日がシリアルでした。家には食料庫もあり、そこから毎日、色々な味のシリアルを食べていました。朝食の後は、何をするか決まっていなかったけど、だいたいは、買い物に行くか、勉強をするか、ゲームをするかでした。この家には、4・5台のパソコンと、プレーステーション2、ゲームキューブ、Wii、任天堂DS、ゲームボーイ、ゲームボーイアドバンスなどのゲーム機が、たくさんありました。そのゲーム機で、朝起きてすぐ遊ぶこともありました。それに比べて、外に出てサッカーをして遊ぶなどの運動はあまりしませんでした。そのため、日本に戻ってきてみると入っているFC(フットボールクラブ)でのポジションをとられていました。
 家の近くには、大きく何でも揃うショッピングセンターは無く、15分くらいかけて、モールに買い物に行きました。大きいところでは、商品が高い天井の上から下までびっしりと並んでいてビックリしました。その他にも、品物が全体的に大きい事に驚きました。ホストファーザー達が、車を買い換えるみたいなので、自動車販売店にも行きました。ホストファーザーとホストマザーの車は両方とも日本車だったので、今回もたぶん日本車を買いに来たんだなと思いました。ケンタッキーにも、スポーツ店はありましたが、サッカーはあまり人気じゃないのか、サッカー用品もあまり売っていませんでした。だけど物の値段は、少し安くこっちで買った方がお得だなと思いました。
 夏休み中盤、八月十日過ぎに、僕はタイラーとジェイコブに「プールパーティに行く?」と聞かれ、楽しそうだなーと思い連れて行ってもらいました。そして着いたのが、町外れの民家でした。何があるんだろうと思いながら水着に着替え、庭にあったプールサイドで待っていると、同じ歳くらいの子ども達が続々とやって来ました。周りにいた親達が入っていいよと言ったのかプールに入っている子がいたので、僕も入りました。ちょっと遊んでいる間に三十人くらいの人達が集まっていました。このパーティを企画した人がみんなを集めて、一人一人に自己紹介をさせました。僕も、みんなを真似して、My name is Kazuki Kaneda.  I’m twelve.  と、自己紹介しました。それから、プールの中でバレーボールをしたりして遊びました。遊んでいると、周りの人からKazukiと言われたりしました。だけど、発音がKazukiになっていない人がいました。そんな時、タイラーが、Kazukiだよと直してくれました。このプールパーティでは、日系アメリカ人のデイビットという友達ができたし、他にもたくさんの友達ができ、とても楽しい一日を過ごすことが出来ました。
 その他にも、毎週一回ぐらい、博物館や地元の有名な場所などに連れて行ってもらいました。その中でも、一番気に入った所が、Louisville  Slugger  Museumというベイスボール博物館です。ここの博物館では、アメリカのメジャーリーグで使われている、木製のオリジナルバットも作っています。そのため、工場でバットを作っているところも見学できました。木を切るところから色を塗り表面に文字を入れるところまで丁寧に説明がされていました。見学が終わると、小さいバットをもらうことが、出来ました。展示室の中には、バットを使っている選手の紹介や、今までの歴史が詰まっている古いバットなどの展示がありました。この博物館の外には、三階建てのビルより大きいビックバットが有りとてもビックリしました。又、車の博物館や、科学博物館、キャンディー博物館、動物園、ケンタッキーダービー記念館、ルイスビル地元のベイスボールチームの観戦などにも行きました。
 このホームステイで改めて感じたことは、『人は、みんな違う考えを持っているんだなあ』ということです。どうして、こんな事を思ったかというと、ホストと性格が合わなかったからか、日本と文化が違うからからかも知れません。一つ一つの小さな事で、喧嘩みたいなことをしていました。たとえば、寝るときにカーテンを開けるか開けないかで意見が合わなかったり、外で遊ぼうと言っても、ゲームをしようと言われたりと自分の意見を英語使って言うのが大変でした。
 でも、そんなに悪いことばかりではありませんでした。異文化と言う点では、食事には困りませんでした。アメリカには、日本のようにねばっているお米はありませんでしたが、ホストファミリーが気を遣ってくれたりして、お米料理を作ってくれたり、日本食レストランに連れて行ってくれたりしてくれました。アメリカの料理では、そんなに美味しくないっていう食べ物はなかったです。だけど、グレイビーソース以外は何でも美味しかったです。
 あとは、人との接し方が、日本とは全然違うなと思いました。お店などで、カートなどを押している人などがいると、知らない人でも入り口のドアを開けたりするし、道で顔があったりすると、笑顔で挨拶してくれたりと、アメリカ人は、とても、オープンな感じでした。日本では、そんなことがあまりないので、新鮮な感じがしました。タイラーのお祖父ちゃんたちやお祖母ちゃんたちも、同じでした。僕に対してとても優しく、そして笑顔で接してくれました。ホームステイが終わりに近づいてきた時、両方のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも来てくれて、お別れ会と一緒に、誕生会も開いてくれました。そこでは、誕生日プレゼントももらったりし、何より、たくさんのホストファミリーの家族が集まってくれた優しさに、泣きそうになりました。
 そして、ホームステイがあと1日で終わるというとき、僕は、夕食に日本食を作りました。タイラーとジェイコブが手伝ってくれて、あまり時間をかけずに作ることが出来ました。味の好みが合わなかったのか、タイラーとホストファーザーが、味噌汁を残してしまいました。ジェイコブは、ご飯と味噌がとても好きになったみたいで、味噌をそのまま食べたりしていました。感想を聞くと、それぞれ嫌いなもの以外は美味しいと言ってくれて、作って良かったと思いました。
 とうとう、最後の日が来てしまいました。朝起きると、『今日が最後?』と思うくらいとても早いホームステイになっていました。だけどこのホームステイは、僕の一生で二度と無い体験、楽しい中でも色々なことを、考えた、学んだ経験した、忘れられない宝物になりました。
 そして、今一番思うことは、『行って良かった』と言うことです。

ラボ山崎パーティ 中1 K.K

アメリカ バーモントでのホームスティ

 僕は、ホームスティに憧れを持っていました。日本にはないものがたくさんあるし、とても大きな国土の中には、いったい何があるのか見てみたい。そして、その中で暮らす人々と触れ合ってみたいと言う気持ちでいっぱいでした。しかし、いざアメリカの地に立ってみると、緊張で体が硬くなってしまいました。

 僕がスティした家は8人家族。父、母とホスト、4人の兄とホストの双子の妹です。ですが、途中から僕と同じくホームスティでドイツ人がやってきました。

 ホストは、第1印象はガキ大将。一緒に過ごす内に甘えん坊に代わっていきました。1人でパソコンをするのが大好きで、ずっと夢中になって遊んでいました。母は、とても騒がしい人でした。常に怒っていて、声の大きい人でした。父は逆におとなしく、非常に熱い人でした。体が大きく、料理や運動など、色々なことをこなしてしまうような人でした。

 バーモント州はとても緑の多い場所でした。道路は少なく、木々や芝生ばかりで、とてもゆったりとした時間が流れていました。それはまるで、僕がホームスティで過ごしてきた生活そのもののようでした。

 ホストはずっと自分の世界に入り込んでしまっていて、周りを見渡してみても、よく考えてみても、何もやることがありませんでした。そんな僕はほとんどの日を、椅子に座る、もしくは、ベッドやソファーに横になって過ごしていました。コミニュケーションの取れるときは、なるべく積極的に、そして、笑顔でいるように心がけて、家族や友達に何とか笑ってもらおうと努力をしたつもりでした。でも、そのあとにいわれた言葉の11つが、今になって思うと、1番苦しかったと思います。この後もこういう機会がありましたが、ずっと馬鹿にされ続けました。ホストは、それでも明るく振る舞おうとする僕に、きちんと意味を辞書で引いてくれました。僕はその言葉を受け入れたくも、理解したくもありませんでした。

 苦しくて苦しくて、涙を流した夜もあって、ある日、ホストの母に相談しました。ホストは病気だと言われたけれど、そのときにはもう知っていました。そのとき母が言っていた言葉は、「私たちも苦しい思いをしたのだから、あなたも我慢しなさい。」と言っているようにしか聞こえなくて・・・。その日から僕は、辛くても、悲しくても、笑顔を作っていきました。でも、最後まで僕の顔は引きつっていたかもしれません。

 アメリカに1ヶ月ホームスティをしてみて僕は、日本と言う国の素晴らしさが見えました。普段は何気なく過ごしている日常でも、その人それぞれの思いが伝わってくるような気がするようになりました。日本人のすごさを発見した気がします。それに何より、自分の言葉の通じることのありがたさを感じることができました。質問をしても、「何を言っているんだお前は。」「本当に理解しているのか?」と言われないことが一番嬉しいです。

 でも、今は後悔をしています。僕の人生で、今しかできなかったホームスティで、お腹の底から笑っていないことに気付きました。ホームスティの中で僕が、自分の言葉で、態度で、気持ちで前に出なければいけないところで、踏み出すことができなかった気がしてくるのです。ホームスティをしている中では、自分のできることを、精一杯やってきたつもりでした。しかし、僕の捕らえ方1つで、僕の世界が180度変わっていたかもしれないと思うようにもいなりました。

 僕はホームスティで、誰も得ることのできないような体験と感情を手にすることができました。そして、自分と言うものが少し見えたような気がします。様々な風景、人間、自分と出会ってきました。この1ヶ月間を、僕は思い出として取っておきたくはありません。ここに詰まっているものの全てを自分の力として、新しい自分を成長させるための源として、生まれたこと、生きると言うことを、心の底から楽しんで生きたいと思います。

       郡山市 山崎パーティ 高1 S.S

ニュージーランドの思い出

    僕は、約一ヶ月間、ニュージーランドのタウランガという町でホームスティをし、現地の学校に通いました。それは、二度と経験できない貴重な経験でした。
ニュージーランドに到着した日はホテルに一泊し、翌日バスでステイ先のタウランガに移動し、いよいよお世話になるホストファミリーと対面です。どきどきしたのですが、出発前に写真やメールでひんぱんにやり取りをしていたし、やっぱり予想通りのやさしい家族だったのでほっとしました。最初は話している英語が早くて聞き取りにくく、何と言っているのかわからない時もありました。でも、そんな時には辞書の登場です。辞書を使って理解していきました。国際交流をしていく上で、パスポートの次に必要な物は辞書でした。日が経つにつれて、だんだん英語が聞き取れてきて、自分からも話しかけることができて良かったです。       

学校に通い、週末は家族と旅行などして過ごしたので、今日は暇だということはなく、毎日忙しく楽しい一ヶ月で、あっという間の一ヶ月でした。僕の経験したことを紹介したいと思います。
   <ホストファミリー>
お父さんのジェフは、44才でスポーツ大好きで、ラグビーチームのサポーターです。ボートチームのコーチをしています。冷たいビールが大好きです。株取引の仕事をしています。

お母さんのカレンは43才で料理とガーデニングが趣味。毎日のディナーやランチボックスのケーキは本当においしかっです。不動産会社で働いています。とても優しい人です。

一番目のお姉さんのキリー18才は、サッカーチームに所属してます。カレッジで日本語を勉強しています。僕に日本語で「こんべんは」と言った時は、笑いをこらえるのに必死でした。「こんばんはです。」と教えてあげました。

二番目のお姉さんのモニーク15才は、音楽が好きです。上のお姉さんと一緒にスポーツジムに通い、ボートクラブ(カヌーみたい)に所属しています。

そして、一番下のゲイビン12才が僕のホストです。バスケットチームに所属しています。DSポケモンにはまっています。

あと、ペットのアグネスは、とてもふとっちょのネコです。家族みんなでかわいがっていました。スポーツ一家で、何をするのも一緒で仲良しで、いつも僕にたくさん話しかけてきてくれて、とてもやさしい家族です。いつも笑顔でいることの大切さを学びました。

 <ホストファミリーとの思い出>

旅行・・・タウランガから車で約二時間の観光地ロトルアとタウポに連れて行ってもらいました。途中、キウィフルーツ農場、プロポリスの工場によって、ロトルアに行き、スカイラインというゴンドラに乗ったり、ルージュという坂道を車で滑っていくのに乗って楽しみました。ロトルアの町は温泉地なので、町中、硫黄の臭いがプンプン広がっていました。
よくこんな所にすんでいられるなぁと思いました。
タウポは、タウポ湖というニュージーランドで一番大きな湖で、面積はシンガポールより大きいそうです。ホストが一生懸命説明してくれました。僕はシンガポールに行ったことがあるので、どんだけ~大きい湖か分かります。ホームスティ中は何回も温水プールに行きましたが、ここも温泉地なのでホットスパといわれるプールに行きました。ウォータースライダーに何度も乗りまくりました。豪華タイ料理や、すっごく大きいアイスクリームがおいしかったです。

ラグビー観戦・・・NZはラグビーが盛んで、プロのチームがあります。
テレビ中継でも見てましたが、それより実際に観戦するほうが迫力がありました。

映画・・・「ザ・シンプソン」の映画を観ました。7月27日にアメリカと同時公開で、日本では来春公開予定の映画です。これはみなさんご存知の、CCレモンのCMで登場した顔が黄色いキャラクターのアニメです。もちろん英語でしたが、だいだい話は理解できました。

バスケットボール・・・ホストが所属しているバスケットボールチームの練習が、週一回あったので、一緒に練習をしました。試合もあったので見に行ったりもしました。

モーテル・・・ホストファミリーの家は新築だったのですが、まだやり残しがあったので、僕が帰国する4日前に家族で、近所のモーテルに滞在しました。キッチン付の部屋で、二部屋借りて、ひと部屋は子供達四人で使いました。お姉さん達も同じ部屋で楽しく過ごし、小旅行のようで楽しかったです。ここでもプールに入りました。

その他・・・家のガレージに卓球台があるので、みんなでよく卓球をしました。折り紙をとても喜んでくれました。ボートの練習マシーンがリビングにあり、僕もたまにしました。外にバスケのネットもあるので、近所の友達とバスケもしました。あと、ホストやお姉さん達とボードゲーム(人生ゲームみたい)もしましたが、英語の勉強になりました。

<学校>
ニュージーランドの十歳から十三歳が通う、タウランガインターミディエイトという学校に通いました。何人かのラボっ子(市内四校に分かれた)も通いましたが、クラスに日本人は僕だけです。学校では、たくさんの友達が「ハーイ!」と言って近づき、ひんぱんに握手しに来てくれました。

登校手段・・・家が近い人は徒歩で、遠い人は自転車、車、スクールバスで通っています。ニュージーランドのスクールバスはアメリカのように黄色ではありません。僕は、スクールバスか、近所のジェイミーと一緒にお母さんの車で送ってもらいました。

授業内容・・・英語であっても内容がわかりやすく 特に数学は、日本の学校で言えば、僕が参加したときは小学校低学年くらいのレベルを学習していました。日本のような黒板ではなく、プロジェクターとスクリーンを使って授業します。

授業態度・・・にぎやかで、授業をさぼって教室を歩き回っている人もいます。それでも先生は注意しません。多くの生徒は髪をワックスで立たせています。

制限がない・・・携帯電話OK ゲームOK  菓子OK です。

休み時間・・・休み時間が長いです。午前十時頃にモーニング・ティ(おやつ)が三十分あり、ランチタイムが約一時間あります。NZはイギリスの植民地だったせいか、イギリスの伝統(アフタヌーンティ)のモーニングティがあります。学校に売店があり、ホットドック、サンドイッチ、ケーキ、ポテチなどが売っていました。ホストマザーが毎日、おやつとランチを作ってくれましたが、時々、買って食べました。

折り紙・・・僕は授業でクラスメイトに折り紙を教えました。みんな喜んでくれ、その後も興味を持って作りたがっていました。

ガールフレンド・・・生徒から、ガールフレンドがいるか?と良く聞かれました。  みんなガールフレンドに興味を持っているのでしょうか?

<ニュージーランドの生活・食事>
家・・・土地が広いため、家は一階建ての平屋が多いです。僕の家族の家はめずらしく2階建てです。庭も広くプールのある家が多いそうです。ホストの家にもありました。

シャワー・・・バスルームはバスタブがなく、シャワールームになっています。また、朝、シャワーすることが一般的です。

気候・・・とても温暖なので、冬だったけれど、日本の秋くらいでした。ホストなんて、家では短パン、半そでTシャツです。

デジカメ・携帯電話・・・デジカメは持っている家庭が少ないらしく、学校で生徒が触っていいかと聞いてきて、めずらしがられました。僕の家族は持っていて、ニュージーではめずらしいiPodもお姉さんは持ってました。携帯は日本の大きさの2倍あり、重くて機能も少なかったです。

日本車・・・車の半数以上が日本車です。 僕の名前は鈴木なので、学校の友達が「バイク アンド カー スズキ」と言って来ます。ちなみにホストファミリーの愛車はトヨタと三菱です。

物価・・・食品は安く、しかもデッカかったです。よく食べたアイスクリームはクレープ地にアイスクリームが三個も入ってました。しかし、衣類や電化製品は高かったです。

朝食・・・たまにトーストでしたが、毎日シリアルでした。

ポテト・・・ほとんど毎日の夕食にポテトがついていました。あまりにも多かったので、あきてしまいました。

肉・・・夕食に出る肉の量が多い。ニュージーランドといえばラム。日本ではラムは臭みがあると言われ、人によっては苦手な人がいるが、ニュージーのラムは最高にうまい。まるごとオーブンで焼くのでびっくり。もちろん、チキン、ビーフ、ポークも食べている。

ベジマイト・・・野菜を発酵させたペースト状のパンにぬるものです。しょうゆみたいな味がしてまずい。一番目のお姉さんは、毎日、パンにぬって食べてましたが、僕には理解できない。ああ、まずそう!何でもおいしかったけど、ベジマイトだけはダメでした。

コーラ太り・・・太っている人がけっこういました。でも、話によれば、やせている僕より、食事の量は少ないみたいです。夕食にコーラを2.3缶飲んでいます。だからコーラ太りだと思いました。

僕の部屋・・・家はとても広く、ゲストルームもありましたが、ホストのゲイビンと早く仲良くなるために、同じ部屋を使いました。僕からも努力して話しかけました。

 以上が僕の体験したことです。まだまだ書きたりなくて、Japanese Day(家族が学校にきて、日本を紹介するイベント)のこと、スクールキャンプのこと、今でも続くラボっ子たちとの友情のこと、いろいろあるのですが、このへんにしておきます。
ホームステイの経験だけでなく、学校に通うというすばらしく貴重な経験をし、ホスト以外にもたくさんの友達が出来て、そして、ラボっ子と帰国前にオークランドを観光して、たくさんの思い出が出来て、本当に楽しかったです。ニュージーランドに行って本当によかったです。
ホストファミリーと別れる前日、僕や日本の家族ひとりひとりにプレゼントやメッセージブックをもらった。そして、「You are a part of our family "The Johnson Clan".」と言われた。
"The Johnson Clan " ジョンソン一族の一員になれたのだ。とてもうれしく思う。いつか必ず会いに行きたいです。今度は英語をもっと勉強して。

" Special Thanks "
日本の両親、ジョンソンファミリー、お世話になったテューター、壮行会・見送りに来てくれた人達に感謝します。

                                       郡山市 ラボ山崎パーティ 中1 S.S

カナダのホームスティを終えて

僕はカナダのマニトバ州の州都ウィニペグのゴーイングス家でホームステイしてきました。ウィニペグは、緑に囲まれたとても落ち着いた雰囲気の町でした。
 ゴーイングス家は、お父さん、お母さん、僕より1歳年上のホストのマシュー、お兄さん2人の5人家族です。みんなとても元気で明るくハイテンションでとても優しい理想の家族でした。そんなゴーイングス家と1ヶ月とても楽しく、そして貴重な体験をすることができました。
 ホストのマシューはとても元気いっぱいで、はじめの5日間、プールやサッカー、バトミントン、ビリヤード、バスケットボールなどたくさんのスポーツをして、楽しくすごしていました。こんな日はそんなに長くは続きませんでした。6日目ぐらいからは、スポーツに少しあきたのか、1人でゲームやチャットをし始めました。(それもお母さんが見ていない所で・・・僕も以前、たまに隠れてゲームをしていたことがあったので、僕とマシューは似ていることに気がつきました。)マシュー1人でやっていたので僕は少し困りました。だから、自分から話かけようとしました。たまたまマシューがやっていたゲームは、日本でも流行っていたポケモンだったので、その話で盛り上がりました。そのとき自分は、自分から話しかけることって大切なんだと改めて実感しました。それらのスポーツやゲームで、少しずつ気が合うようになり、一時期つまらなかったホームステイが、また楽しくなりました。マシューは、スポーツ万能で、ピアノも弾けるナイスガイです。僕に対しても親切で優しくいつも自分のそばにいてくれました。めっちゃくっちゃいいホストでした。こんないいホストに会えてとてもうれしかったです。
 少し困ったことは、ホストやホストファミリーに、自分の言いたい事がよく伝えられなかったことです。英語がまだ不十分だったのでもっと英語をやっておいたほうがよかったと今でも心残りです。だからこれからもっと自分を鍛え上げていきたいと思います。
 ホストファミリーは、僕にたくさんの経験をさせてくれました。1つ目は、キャンプです。隣の隣の州に、キャンプに連れて行ってくれました。日本とは違い、とても大きなキャンプ場で、軽く300人はいました。ホストファミリーもそこに自分の土地を持っていました。そこで、日本では、やったことのない釣りや、テント生活など貴重な体験ができました。2つ目は、教会です。教会は週に2回行きました。お母さんが教会で働いていたからです。日曜日にはお祈りに、金曜日には遊びに・・・。お祈りは、自分がキリスト教になったつもりでお祈りしました。
 また教会での日帰りキャンプで、ウィニペグのあらゆる有名なところに行きました。こんなにたくさんの日本ではあまり経験のできないことができて、楽しかったし、うれしかったです。
 このホームステイであまり英語で話すことは、できなかったけど、心と心は通じ合うことや、日本もカナダも考えていることは同じだというに気がつきました。この経験をこれから生かしていきたいです。    
        郡山市 ラボ山崎パーティ  中1 S.T
       

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