最近のトラックバック

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

ロバのシルベスター

「昨日、バスケの遠征から帰って来ました。だいぶ遅れましたが感想を送りたいと思います。 まず卒業発表ですが、俺はさほど驚きませんでした。なんつーか…あの2人ならあれが当たり前っていうか、彼らの発表がすごくないわけがないわけで… 驚きってよりは安心。「俺の友達はすげぇんだぜ!?」みたいな妙な誇らしさがありましたね。
セリフ完璧とか、表情がイイとかは今更な話で、2人が「すごいコトは当たり前」なんすよ。(でもこれって改めてスゴいことっすよね)むしろ俺が感動したのは、パーフェクトな上に更に自分らしさが+されていたコトなんすよ。2人と一緒にラボをしていた時、俺らは「ミュージカルっぽく」をコンセプトとして、音楽をより重視した発表を目指したコトが多かっんす。
2人の真夜中の台所は正に目指していたソレで、自分は2人と物語を作った日々を思い返すコトができました。
まったく、最後までクールに決めてくれちゃって…。笑
今まで楽しかったっす。ありがとうございました。

さて、シルベスターの方ですが…。 今回の発表は、イイ「失敗」になったのではないでしょうか。それは、発表においても、作る過程においても、俺のリードの仕方においても…。
個人的な考えですが、自分は今回の発表は多少まとまりがなくても「みんなで」作るコトができればそれでイイと思っていました。キレイで完璧な個人の発表よりも、いびつでもみんなで考え表現した発表に価値があると、そう考えていました。
でも、発表を終えてみてどうでしょうか?
みんなは、今回の発表は「自分も作った」発表だったと言えるでしょうか?
「やらされている」発表ではなかったでしょうか?
物語を作っていく時に、
何回意見を言いましたか?
何回人の意見に反論できましたか?
何回ケンカできましたか?
何回遠慮をしましたか?
一人でも「やらされている」と感じたならその発表は、例えどんなにキレイにまとまっていても本当の「成功」にはなりません。
成功させるには、みんなで物語を作る必要があるのです。
でも正直俺自身、どうしたらみんなの意見が出るのか分かりません。だから毎回毎回悩みながらやってます。
某、茶色い小鳥は「そんなもんだよ」と言ってましたが、俺はそんなもんのまま卒業したくはありません。だから解決策は浮かびませんが、みんなの意見が出るまで悩みながら足掻いて行くつもりです。とりあえず今の自分がみんなに言えるのは少しだけです。
ラボの発表は、「話し合い」からしか生まれないんすよ。
だから、
もっと向き合おうよ。
もっとケンカしようよ。
もっと、本気になろうよ。
そして今度の発表は、みんなで「成功」させようよ。」高2

「まよなかのだいどころ」すごく楽しい発表でした! 踊りとか動きがHちゃんらしいというか、まさに「ミュージカル」な発表だったと思います。ミュージカルみたいな発表はうちらの代で散々言ってきたことですけど、その目標を達成しましたね! 高3の2人、受験中からホントにお疲れさまでした。
「ロバのシルベスターと魔法の石」は、練習を見たときは、なかなかまとまらなくてちょっと不安だったんですが、K君が来た途端にみんな一本、筋が通ったようにしっかりしましたね! K君は頼りにされてるなぁ、さすがリーダー! と思うと同時に、もうちょっと次のリーダーたちもしっかりやれればなぁ、とも思いました。来年度はK君が抜けて大変になってくると思うけど、次期リーダー達に期待しています。…なんか、自分が参加してない発表の感想書くのって難しいですね。(大学1年)

久しぶりにテーマ活動の様子を見ました。なんだかみんなが大きくなっていて、びっくりしました。みんな楽しそうだな、と思いました。でも、歳上の子が何か言い出すのを待たないで、もっともっと、自分の好きなことを言って、自分のやりたいように動いてみたら、きっともっともっと楽しくなるんじゃないかな、と思いました。ラボは、せっかく、「大学生の意見も幼稚園児の意見も等価」の場所なんだから。その一歩が思いきれたら、またより一層ラボが楽しくなるんじゃないかな、なんて、ちょっとエラそうに言ってみたりしてf^_^; 私も、久しぶりにフォークソングに参加させてもらってとっても楽しかったです。音楽が鳴ると、体が自然と思い出すもんだな~と、自分はやっぱり「ラボっ子」なんだな~と、改めて思いました。いつでも戻れる場所があることは、本当に幸せなことですね。また、「ラボっ子」に戻りに行きます。(大学3年)

今回、自分は受験生ということを理由に、やらなきゃいけないことから逃げていました。その分取ったナレーションもとても少なく、みんなに迷惑をかけてしまいました。すみません。
全体(自分も含めて)での反省は、まず一番に聞き込みが圧倒的に足りないということです。家で聞いて来ないのに、みんなで集まった時に意見が出るはずがありませんよね。
また、卒業生2人の発表を見て、CDを聞くときは自分のセリフのところだけじゃなく、物語全体を聞かなければいけないなぁと思いました。
自分のところだけしか覚えていない→他のところがつまれば自分もつまってしまう→焦り始めて物語を楽しめない→見ている人に何も伝わらない。これでは発表の意味がありませんし。それと、昨日の反省会(小6~中3)はとても良かったです(みんなの率直な意見が聞けて)。みんな思っていることはほとんど同じなんだ、自分が思ったことはみんなに伝わっているんだと、とても感動しました。これからも反省会したいです。(中3)

HちゃんとS君の発表を見て、私はすごく感動しました。もう二人はプロです!すごいです!私たちの発表の未熟さを思い知らされました。  Hちゃんは、一つ一つの動きがすっごくキレイ・で伸び伸びしていて動きに全々ムダな動きがありませんでした。 S君はなんとHちゃんの台詞までも言っている感じで、すごく余裕で演技もキレイ・でした。 私たちがあの二人のようになるには、どうしたらいいだろう? 多分、今のままじゃ、あそこまで動けるようになるには、まだまだ演技も実力も力不足だと思います。 今日、反省会でみんな自分達の発表の反省をすると、みんな考えていることは同じでした。 Y君の言葉には、リーダーらしいものを感じました。そのとおりの感じですよね。みんな、変わりましたよね。  いつか殻を破って『セロ弾きのゴーシュ』のときのT君みたいに役になりきれようになるのかな~・私も、これからは役にもっとのめり込めるようにもう一度ノート活動や聞き込みを真面目にやりたいと思います。(小6)  高1からのメッセージも一言、添えます。「自分の反省点、成長しなければいけない点はまだまだたくさんあります。人にどうのこうの言える程の人間ではありません。自分に求められるものについて悩みたいと思います。」

まよなかのだいどころ(センダック作)発表の感想)

 とにかくすごかったです。「真夜中の台所」は、とてもへんてこなストーリーなのに、2人の発表は「笑う」というよりも、つい見入ってしまうほど「かっこよかった」です!! また、2人という少ない人数に加え集まる時間も少ないなかで、よくあそこまでつくりあげたなぁ…と、とても尊敬しました。(2人だからストーリーを全て暗記しないとできないですよね)   人数も時間も足りているのに、発表当日に自分のセリフやナレーションすらまともに覚えていない自分たちの発表と比べると、卒業生の抜けた穴の大きさを感じました。ですが、ここからが勝負です!一人一人の持つ力は十分にあると思うので、まずは物語を「楽しんで」頑張っていきたいです!!
 物語の世界を、楽しく 可愛いく テンポよく 息もピッタリに演じてくれて、まるで プロの演技を見ているようでした。すごいです!憧れの先輩達です! 最後まで ありがとう!
 二人で一つの物語を完成させたことがすごいなと思いました。セリフも動きもカンペキでした。面白くてカッコ良かったです。本当にすごかったし、さすがだなと思った。見ていて飽きない発表でした。二人の息がぴったり合っていてすごいな・と関心してばかりでした。私もラボを卒業するときはこんな発表がしたいです。
 ご卒業そして大学御入学おめでとうございます。
昨日の〈真夜中の台所〉受験が終わったばかりのふたりなのに、そんなことを忘れてしまうほど素晴らしい期待どおりの発表でした。見ている皆が引き込まれ、真夜中の台所でミッキーと一緒に夢を見ているようでした。素敵な発表を見せて頂き、どうも有難うございます。
これからの新生活がふたりにとって明るく輝かしい日々でありますよう心からお祈りしています。
 とてもテンポ良く、見ていて気持ち良かったです。本当に少ない限られた時間でここまで出来るのは、二人のこれまでのラボに対する積極的な姿勢と能力の高さだと思います。
今までお疲れ様でした。そして本当にお世話になりました。私もたくさん楽しませてもらいました。ありがとう!卒業してしまうのは寂しいけど、大学でも元気で頑張って下さい! 
発表はただ、ただ、感動と感心でした。その世界にひきこまれ、魅了されました。どうしたらこんな風に育つのかな?どうしたらこんなに上手くできるんだろうかと…忙しい高校生活、お勉強、クラブ活動、お稽古事といったなか、ラボの活動を怠らず、いつもそつなくこなす、見えない所での努力、徹底した聞き込みがあっての結果が発表でのあの素晴らしい姿につながるのかな?と思いました。発表の時にみんながききいってたあの空気の中、おのおのが何かを感じとったのではと思います。我が子も中学生になり、先輩方の姿に学び、自覚をもってこれからのテーマ活動にとりくんでほしいと思います。そのためにはいかに聞き込みが大切かを自身がシルベスターの発表を通し、卒業発表を通し、感じとった事と思います。素晴らしい発表をありがとうございました。
 卒業発表を見て本当にラボッ子の集大成だなと思いました。今までもですが、みんなそう成長するラボはすばらしいなと思います。わが子はいまだマイペースですが、卒業生のように立派に発表できる日を思いうかべています。
 真夜中の台所で、飛行機になって飛ぶシーンを見ている時、最初笑顔になりながらもだんだんと何かグッと来るものを感じました。これから親元を離れてはばたいていくのですね。遠くから心の中で応援していたいと思います。
最初から最後まで2人の魅力に吸い込まれながら、見入ってしまいました。とても立派でした。言葉だけでなく、表情、動きでもきちんと表現していて,我が家の憧れの存在です。一緒にラボができたこと、とても嬉しく思います。ステキな発表ありがとうございました!

春のつどい3月22日

今日はラボ山崎パーティの高校3年生の卒業式(柴宮公民館)です。つい最近まで受験勉強をやれるだけのことをしつくして希望の大学へ合格した二人です。昨日は今日の卒業式で発表するテーマ活動(英語劇)を創るために我が家で練習していました。センダックの「真夜中の台所」。かなり素敵ですよ。ぜひ、みなさん、いらして下さい。後輩達から送るテーマはコルデコット受賞作品の「ロバのシルベスター」、中3の受験生達にも先週のラボでナレーションを振りました。おそらく他の子達も夜の発表に間に合うように今から英語の暗記に入ることでしょう。因みにたった今、「いまさらですが・・僕のナレーション?」とメールを娘に入れてきた高校生もいます。彼らの発表も楽しみです。この時期で短期間でひとつの物語を発表にまで持っていくことは かなり厳しいことです。もし、英語だけを暗記して済ますなら、高校生にとっては安易なことなのです。彼らにとって大切なことはみんなで話し合って表現を創り上げる過程です。自分の台詞などは土壇場でも間に合うのです。

ラボ山崎パーティ卒業式

日本人が英語リスニングが苦手なのは、日本語と英語の周波数は劇的に違うから、といわれています。
周波数とは振動の速さのこと。言葉が認識される仕組みは、振動が音として耳から入り、聴覚神経を通って脳に伝わります。日本語と英語の周波数帯域(範囲)はそれぞれ、
日本語:1501,500Hz   英語:2,00012,000Hz くらいだそうです。これがどういうことを意味するかというと、日本人は、生まれたときから母国語である日本語の環境で育ってきたため、上記の日本語の周波数の音に対して敏感になるような耳になっています。そのため、例えば雑音だらけの中でも、日本語らしき音が聞こえてきたら、ある程度は聞き取れるようになっていますが、でもそれ以外の範囲、つまり自分が慣れていない周波数を持つ音については、言葉として認識できず、雑音にしか聞こえないそうです。英語が聞き取れない理由が周波数帯域にあるのなら、自分がその帯域に慣れて行けばいいのです。そう、野球選手がひたすら素振りを繰り返すように、サッカー選手がひたすらドリブルを繰り返すように、体に覚えさせることが大切なんです。英語をたくさんたくさん聞いて、脳に「英語の音」を覚えさせることで、周波数帯域は広がっていきます。ここで問題になるのは日本(日常的に英語を必要としない国)にいて、必要量を聞き続けることはかなり困難だということでしょうか。

さて、ラボっ子のみなさんには国際交流があることはありますが、それで十分なわけではありません。  動機付けとして どちらがいいですか?①英語のテストや進級試験? ②発表会?                もうすぐ桜の季節です。桜を待ち焦がれるものの別れが重なり、さまざまな気持ちが入り乱れる季節です。桜は人々に届く部分は美しいけれど、幹にはその美しさを支える強靭な力があります。「困難は避けても、なくすことは出来ない。その困難に身を寄せることによって、はじめて、困難は困難でなくなる。」と どこかで読みました。また「才能とは、逃げ出さないこと」と野球の名コーチ、高畠さんが残された言葉があります。私はいつもラボっ子達に感心していることがあります。そう、逃げ出さないのです。後悔することも多いと思いますが(発表会の回数が多いので、時間が足りずに止むをえないことも含み)後悔も貴重な栄養にしていることです。作家 向田邦子氏「仕事が成功してきたとき、人生で実りを生むのは、その原点を考えると、焦り、絶望して自分に腹を立て地団駄(じだんだ)を踏んだときのわけのわからないエネルギーではないか」

意見を言う

国際的な学力調査でみえてきた日本の子の力は、ひとつしかない答えはわかるが、理解不能のことを前にすると何も言えなくなる。その場合、無答率が他国よりも突出して多かったことが問題であると、「学力世界一のフィンランドに学ぼう」のセミナー(朝日新聞社主催)で紹介されていました。つまり、日本は点取りゲームをしており、自分の人生に関係のない学びになっている。これでは本当の学力向上は難しい。フィンランドの教育を考えてみると、応用力、覚えたことを使って判断できる力、答えではなく考え方、コミュニケーション力と思考力を育てている。基本的にテストをしない。結論や正解を覚える勉強はさせない。人々が国境を越えて活動し多様な人が共存する「共同の知」が求められてきた、つまり、この10数年で世界は学力感を変える必要があり、その時代の流れの先取りをしたのがフィンランドだというのです。いまだ、日本の教育は応用問題まで記憶させるような東アジア型勉強法、これは一斉労働に向いているが、いずれ発展途上国かロボットに仕事を奪われると言われるが、納得せざるを得ません。今、目の前にある受験は、現状での子ど達にとっては クリアしていかなければならない大切なことです(先週のラボで 受験勉強を精一杯、頑張り終えた高校3年生のラボっ子に後輩が「一日に何時間くらい受験勉強をしていた?」と聞いていましたが「5時間くらいかな」と。彼らはやるべきことはし尽くしたように輝いていました。 中学3年生達も来週の高校受験に真剣に向き合っています。この今の受験勉強は高校に入ることだけに意義を持つのではなく、将来までを見据えて手を抜かないことを話し合いました。彼らの純粋さに対して、大人の側が考えていかなければならないことがあるのですね。

それはそうと、私も子ども達が議論しあい、さまざまな意見を出しあうことが、最近、とみに難しくなっているのを感じます。日本の国語教育は教科書の読み取りに重点が置かれる、といわれますが、フィンランドでは、例えば物語をテーマに自分の考えを持つことに重点が置かれるそうです。勉強は強制されなくとも学力が高い理由がわかる気がします。

さて、ラボの高学年グループが先週も暗礁に乗り上げたままでした。リーダー達はみんなで相談して創り上げていくことに意義があると、何とかできるだけ みんなからの意見を引き出していこうと努力していました。経験豊富な上のメンバーの意見で創ることは安易です。それでは良い仕上がりになったとしても彼らに満足感はないかもしれませんね。でも、このようなことで悩むこと、 いつのまにか、これが本物の力であることを 身につけていくことがすごい、と思います。ラボ・テューターである私は時間ばかりが過ぎていく焦りはありますが、黙って見守ることしかできませんし、もし、このまま暗いトンネルから出口を見つけられなくてもトンネルでもがいた経験をラボ以外でできるチャンスがないとしたら 貴重な体験であると思えるのです。夜明け前が一番寒いのです。ラボっ子達は「楽しくなければラボではない」とも言いますが、ラボは、ある意味、厳しいです。シュガー&スパイスAnd all that's nice, That's what LABO is made of.

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2015年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ