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ラボ・父母会

「息子からラボの問題発言が出たんです。いつ、ラボのCDを聴いてるのか、たずねたら、”ラボに行ったとき”と答えたんですよ。」と中学生の母。「みなさんの家庭では、いつCDをかけていますか?」「テレビ視聴が多い家庭は難しいかな?」「時間のあるときは、好きな音楽ばかり・・・」「私、今日は遠出して、とっても疲れたんです。疲れると後は何もしたくなくなりますよね。でも、子供は、部活で疲れて帰宅しても、すぐにラボに行くから、自分のことを考えてみたら、何もしないでラボに行っても、休まずに行くだけで偉いな、と・・・」

この様なおしゃべりが出てくるのは、最近、私が、ラボ家庭に送ったメールが厳しいからかな?「今度の発表テーマは素語りを目指すことを目標にしています。ラボは理解の段階ではなく暗記していく聴き込みがあることで、意見も出るし、表現も深まる活動です。」      

私がラボを開設して5年目頃は、しだいに子供たちの様子から、耳の育っていくのがわかる子、家では何もせずに、ただラボの時間だけライブラリーに接している子達・・といるんだな、と思い悩むようになりました。その頃、テューター研修で「ラボはその活動の時間だけでも、物語という夢を与えている。それだけでも十分な価値を持つ」と聞きました。それから、長いスパンで子供達の成長の様子をみるように心がけてきました。学校で頑張ってくる子達にとっては、吐き出す場も必要。その子達にとっては、何もしない時期(中学生が、学校の勉強と部活優先なのでラボは後回しになる)も意義があると思うようになりました。それは、もう社会人になって、年に一度は報告なのか、顔を出してくれるOB達と話をするたびに確信します。
10年目頃は、優秀な子達にも悩みました。ラボっ子達は、近くの小学校・中学校は成績上位者達、生徒会長・児童会長が現れやすくなっていましたが、学校で優秀な子は、ラボはぼんやりしたい場になってきていました。この頃に私は「呼吸」について考えるようになりました。吐き出す場を作ろうと。英語に関しては、ほっといてもラボをしてきたプライドがあるのか、かってに英検を受けていく流れ(先輩ラボっ子が後輩に言うこともあり)できていましたから、気にすることはなかったので・・。
卒業生が「ラボは居場所」と言います。居場所だけでいいですか?
ラボが単純に英語教室だったら、どんなに気持ちが楽かしれませんが、日本の若者が抑圧された精神状態で、異常な事件が続くたびに、子供たちが幸せになるには、物語の力・・と結局、ラボを評価している私がいます。
さて、昨日は高校3年のKくんが、ラボっ子達に挨拶に来ました。郡山市から転居してから、車で片道2時間かけて、7年以上もラボに通わせて下さったご両親には、どう感謝してよいかわからないくらいです。K君がくると、全体が明るくなりますし、みんなの声が弾みました。 「自分は、ラボを引退しようと思います。本当に心残りですが、現実問題として俺の今の実力では希望の大学に行くためにはそうするしかないと判断しました。 本当に勝手だとは思いますが、自分は長い長いラボ人生にピリオドを打ちます。土曜グループのみんなと卒業生には、最後の合宿を成功させられなかったコト(そう思っているのは、リーダーだけで、下の子達はとっても満足していましたよ。あなた達は自分に厳しすぎるよ)と、いきなり居なくなってしまうコトを本当に申し訳なけ思っています。 山崎パーティーは俺にとってもう一つの家のような存在でした。俺は、自分の目指すモノのために、まだ漠然としか見えてないけれど、そのためにラボを巣立ちます。だから、勝手な俺をどうか許して下さい。今まで本当に本当に、お世話になりました。」
父母会も同時にしていたので、挨拶をしましたが、お母さん達が「ねえ、テューター、K君はここまでやったんだから、ラボOBですよね。いつ、顔を出してもいいんですよね。いままでと 何も変わりないですよね。・・・」そう、何も変りません。ただ、Kが、必死で受験勉強に向かう決意表明をみんなの前でしただけですよ。

国際交流壮行会

朝日新聞より「物の本によると人間の記憶力が退化したのは、活字が用いられるようになったからだという。活字を用いる以前は、物語も聖典も暗記している語り部がたくさんいた。人はよく物忘れをしないように、必要事項をメモに残す。文字の形で保存すれば、あとで忘れても、そのメモを見ればいい。それは記憶に残さなくて済むように記録を残す、という方法である。」私も大切な用件はすぐにカレンダーに書き込みます。毎朝、まずはカレンダーを見ます。家族も書き込みます。書いてないことは、お互いに無視する暗黙のファミリィルール。

さて、語り部のように”物語を暗記したいとき、どうする?”と娘にきくと、当然なことだけど「物語を聞く、聴く、それしかないでしょ。」”読むは?”「その後だよ」”じゃ、書くは?”「書くのも大切だね。でも最初はきく。」 そうだよね。文字の読めない幼児でも、日本語は話すことはできます。言葉を覚える順序は、目からではなく耳からだからですよね。少なくても英語を聞きとるができないうちに英語を学習するのは、理にかなわないと、あらためて確認。書き写しノートは理解するのに大切ですし、絵を描くのは物語のイメージを自分のものにしていけるので大切ですし、書きながら、聞くと、しっかり聴くのでそれも大切。でも書いたことで安心して聞くことを疎かにしてしまう(覚えようとしない)と本末転倒かな。兎に角、覚えるのは、自分なのだから、どうやって覚えるかは、それぞれなのでしょう。みなさんの経験や意見もききたいものです。

7月12日(土)18時~柴宮公民館にて、国際交流参加者壮行会をします。激励テーマ活動を幼小グループは、センダックの「真夜中の台所」と「今日はみんなでクマガリだ」に希望で分かれました。どちらも素語りができる子がでてきましたので、最終的には少なくても小学生は全員、素語りができるのではないかと思っています。暗記するほど聞いているグループは表現力も相当なものです。 中高生は海外ホームスティ参加者にとっても役立つ日常英会話を物語にした「すてきなワフ家」2話と4話を英語のみと決定したばかり。配役とグループ分けは今週には決めた方がいいよね。

ところで、毎朝、新しく咲く庭の花が楽しみな季節です。「ラボ山崎パーティ」HPのトップ画面にバラの写真を入れました。我が家から10分ほどのお宅を撮影させていただきました。外側を写したものですが、庭に入ると How beautiful ! Just like a dream.の世界です。土作りに時間をかけて(苗を植える1ヶ月前から、かなり深く掘り、良い土を入れ、ツルバラなら1メートルも掘るそうですが、毎日水を入れ、本当に良い土になってから、初めて苗を入れる(それまで苗は大きな鉢の中で育てて待たせます)そうですので、それからは見事に新しい枝がシュートしていきます。実際に目の当たりにすると納得しますよ。子供の教育も同じだと思いました。土壌をしっかりと耕していくことなのですね。上っすべりの安易な知識を与えることではないのです。

すべては超えるためにある

小学3年生からの英語必修化についての意見が新聞に載っていました。「小学生は、考える力や表現力を養う時期、基になる言語力を母国語でまずは、きちんと身につけるべき」と。 また、友人が東京で小学校英語教師講習を受講してきて、こんな話を「今までは、AETの先生がたまに授業をしに学校へ来た程度だったから、成果はでないけれど、英語が嫌いになる小学生もいなかった。でも、これが実現したら、成果もでるかもしれないけど、英語が嫌いになる子供達も増える」・・・と。

(ラボで育つ英語 )
①ラボ活動の基本は家でライブラリーを聴くこと                                         ②パーティ活動では歌や物語をグループで楽しむこと                                                 この繰り返しが日本語と英語の基盤を豊かにしていく過程と考えます。内田伸子氏の「母語の土台と英語教育」「二言語共有説」:氷山の水面下は思考と言葉に関わる大切な部分、水面より上に見える部分が英会話や読み、書きになるのかもしれませんが、ラボでは言葉の根っこを育て、英語に対するレディネスを育てることの方を大切にしていきます。

テーマ活動の中心に据えて、すすめていくのは、子供たちが聞こえてくる音声を どう感じ捉えているか、物語の叡智を土台に、身体を動かしながら音声から気付いたことを大切にして、ことばの背景や意味するところを感じていくこと。その積み重ねは、言語力のみならず、人間力としても現れてきたことが学者のまとめとして出版(大人になったピーター・パン)されましたね。音声を大切にするということは、ただ物語のうわべだけを取り上げて遊ぶのではありません。じっくり聴きながら、感じていくことによる成長はラボっ子達に、計り知れない成果をもたらしてきた、と信じることができます。  言葉は、勉強ではなく感じるものなんです。でも、目に見えない感性が育つと信じて続ける活動というのは、長年、ラボに関わりながら、私には焦りと不安が、絶えず押し寄せ、その気持ちが研修をし続けることを強いてきました。ラボは実験室なのだから、ラボテューターは研究職なんだろう、と。              だから、あえて押し付けます。    ラボ・ライブラリー環境を家庭で協力して下さい。           「すべては、超えるためにある。」ライオンキングのキャッチコピーです。 先週、東京の劇団四季の劇場で観劇。数日前は、仙台で演劇の研修に参加してきました。 心が動くことで、言葉は、しっかりと伝えられるものだと再確認しました。子どもは大人を超えるために存在するのです。英語も今までの学習方法では、子ども達は勉強好きの日本の大人を超えられないのです。「自分のエッジを越えよう!」ラボっ子のキャッチコーピーにしたいね。       

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