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寄せられた感想を集約中・・・

今回の発表は、夏の壮行会と比べると、かなり良くできたと思います。
全体としては、小さい子達ものびのびと元気に動いていたし、僕達中高生もセリフや動きがとても良かったと思います。 他から見ても、動き(背景)は一番だったんじゃなぃかな?
ただ、まだまだ課題もあります。
まずは物語に入り込むこと。「きてれつ」六勇士なのに、型にとらわれた真面目な動きが多かった気が……音楽のリズムに乗れてるかも微妙でした。
あとは、声の大きさ。ナレーションのマイクのせいもありますが、客席の後ろの方まではたぶん届いてなかったと思います。昨年までの文化センターは音響設備が大変すぐれていました。特にステージ下の集音マイクの性能はとてもいいので、前に出て言えれば、大体の子ども達の生の声はひろってもらえました。それで会場が違う今回は、兎に角、客席を前につめて座って欲しかったのですが、ビデオカメラにステージ全体を収めるとなると皆様、後ろに下がった席を望まれてしまうので・・・そうです、届かなかったと思います。最初、マイクを通しての声よりバックの音の方が大きくなって聞き取りにくいかなと思ったのですが、動作で読み取れました。つまり、ラボっ子は全身でコミュニケーションをとるのが上手なのですね!嬉しい感想です。私はラボのテーマ活動を観るときは、子ども達がどれだけ物語を楽しんできたのか考えるのが好きです。全身での表現や表情、みんなで創っている表現を・・・ そういえば見ていた気がします。
自分についてはまだまだダメダメでした。本番は楽しめたんですが、そこに至るまでは物語を楽しむ余裕がなかったような気がします。なんと言ってもCDの聞きこみ量が少なかった。セリフがCD通りに言えなかったです。キテレツの英語は速いので、なかなかシャドゥイングもできないですよね。特にナレーションは希望してきても小学生には相当にきつかったと思います。小学生と中高生で組んで同じNRを言うのは、どちらにも厳しかったことでしょう。小学生はマイクを前に言えなくなってしまったかも・・でも、結果はどうあれ、やる、と希望して、努力をしていたことが今回は大きな1歩だったと思います。これからは、CDをもっともっと聞きこんだ上で、音楽を上手く使って小さい子達の見本になるように心がけたいです。他のパーティの発表を見て、「俺たちも頑張ろう」と話をしました。中学生のみんなもすごく頑張ってくれるんじゃないかな
何はともあれ、これで今年は終わりなのでしっかりと休んで、来年も心機一転、頑張りたいと思います。

今回の発表の感想はまずみんなに謝らなければなりません。希望の役をやらせてもらい、ナレーションもたくさん取らせてもらったのにぜんぜんだめで一緒にやった小学生に迷惑をかけてしまったことを謝りたいです。でも全体的にはのびのびしてたし、みんな六勇士のように個性が出てて良かったです。私はもっと頑張らないといけないなぁと感じました。でも本当に楽しかったです。キテレツ最高ー☆☆みんなが頑張っていました!キテレツ、日に日にまとまってきて、本番良かったと思いました。声も大きく、はっきり台詞が聞こえるのは元気があっていいですね。新しいリーダーとして頑張ってるなと頼もしく感じた高校生達、小さい子も可愛かったです。役の台詞を頑張って言えて良かった、元気に参加できて良かった、と小学生。             だんだん役になりきれるようになってきました。一度大きな舞台で(中高生広場)緊張に慣れてしまったためか、逆に緊張感を楽しむこともできました。そして、やっぱり人との『からみ』は大事です。今回、からむことが多くし、すごくやりやすく、かつ楽しかったです。それに反抗期中学男子が表現するようになってきましたよね()前回より今回は良かったです。前回のことを気にしていて今回は成功させたかったからです。そして次回はもっといい発表をみせれそうです。
今回は楽しく発表出来ました。声が小さかったのはちょっと残念でした。もっと大きく出せば良かったと思いました。動きは結構のびのびやれて良かった、役の動きが良く出来た、楽しく演じられた、動きに関してはやれる所はやった、全体的に良かった、
まとまるか心配もありましたが、舞台での子供たちはのびのびして見えました・・・・・・・・BGMのボリュームが大き過ぎたように思います。リハーサルで音量の数字を決めたのですが、それでは大きかったらしく、客席で聞いていたテューターが音量を調節しに来て、下げたのですが、まだ大きかったのですね。スピーカーが客席側に向いてついているので、ステージ上には小さく聞こえてしまい、音楽に合わせて身体が動く子ども達には、大きめにしないと厳しいものがあります。やはり、ステージに立つには、それなりの発声が必要なんだと、今回のよう会場では特に感じました。どこでやるにしろ声がストンと前の方に落ちていくことなく、客席の後方にもできるだけ届けようとする気持ちが大切です。早めに言葉を自分のものにし、自信を持って、発声練習を入れられるくらいの時間的ゆとりが必要ですね。

せりふまねて英語習得

 「やる価値のあることは、失敗したとしても価値がある」by欧米のことわざ 

 今年の新聞にラボが紹介されていた文章を読みなおし,的確にまとめられていると思ったので、抜粋します。「母語のように英語を学ぶ」:英語を「音とリズムの塊」として感じさせる手法が、言葉と出会う最も自然な流れ。言葉は必要がないと覚えない:社会に参加する意欲がなければ、言葉は身につかない。ラボは「社会性も養う言語教育の現場」、「英語をツールに人や社会を学ぶ場」「自己表現や他者理解の力を育てる」

 英語の塾ではない:「英語を勉強するんだ」という張り詰めた雰囲気、学習と意識してスタートすると子どもには、意欲の継続を困難にさせる。知識を増やすことが、言葉を深めることにはならず、深く濃い体験が言葉を深める

 英語は週に数時間では身にならない(家庭での聴き込み量にかかってくるので、ひたすら浸る:物語CD)

 集団活動、体験、たくさんの物語経験、未完成の積み重ね・・・・を何年も続けていき、成長は、あるとき、突然に現れることで、大きな成長になりえる。

2008年 地区発表会

 「チャンスは、苦境の最中にある」byアインシュタイン        

 今が苦しいなら、今がチャンスです。つまり、チャンスを作ろうとするなら、自分を追い込むことなんですね。

 自分の限界を超えていくチャンスを持つことがラボ。せめて年に一度は今の自分のエッジを越えて大きくなりましょう。先週、試験が終わった高校生が「学校の試験も思いっきり頑張り奇跡的な成績。キテレツのCDもずっと聴きまくってきた」と言いました。みんなも今を逃さないで徹底的に英語に向き合ってみましょう。音楽がまだ体にしみていないのなら、聴き込み不足です。キテレツの良さは音楽のすごさです。音楽をどれだけ身体に浸み込ませて表現のクオリティを上げれるか?

 素語りに近くなっていく高校生がいると発表直前に奇跡が起きますが今年はどうなるでしょうか?限界に挑戦する子が何人かいると、まとまりだすものです。子どもは子ども同士で高めあうからです。

 キテレツのナレーションは覚えにくいかもしれません。でも、覚えにくいものを何とか覚えようとする(聴くしかない)ことで耳が育ちます。1昨日、シンガポールの高校生が二人、我が家にホームスティしました。歓迎会に高学年以上で15人が来てくれました。今日はスキー体験(初めての雪、初めての温泉)を楽しみに去っていきました。文化交流を目的にした修学旅行だそうです。とっても可愛いかった笑顔が焼き付いています。中国なまりの英語が慣れるまで聴き取りにくいと思いましたが国際交流経験の中高生は耳が慣れているようでした。

 しつこいようですが、120パーセントの努力をするつもりで絶えず聞きまくって下さい。残り1週間です。いちど、自分の限界を超えた挑戦をして自信がつくと大きく変わることができます。今回を自分にとって大きなチャンスにできる子が何人でるでしょうか?

 1221日(日)サンライズもとみや 11時半~12時 ステージ発表

          ラボのテーマ活動で得るべき主な力 

①ことばの力(英語や日本語)

②想像力(物語を通じてイメージする力

③表現力(自分のイメージを表現する力)

④コミュニケーション力(他の人と協力するなどの社会力)

きてれつ六勇士

「思い入れの強さ」と「成功の確率」は比例するby櫻井秀勲著「怖いくらい運命がかわる辞典」より               どれだけ聴けば覚えられるのか・・・安易に自分の役の部分だけを覚えようとしても覚えられない。台詞が少ないときは一時しのぎにはなるのですが、それはCDをさほど聴かずにラボ活動をやり過ごしてしまうので いずれ困難になってしまいます。子どもはお話全体を聞いて、その前後を推し量りながらイメージしているから楽しめるのです。全体の中の一部として聞くから覚えられるものであり、それが英語の勉強としての暗記とは根本的に違います。

お話全体の中の自分のセリフでありナレーションであるということ。そうすることで自分のことばが急にしっかりと歩き出す感覚に自信がつく:生き生きとしたことば。それはただ覚えただけの言葉ではないことははっきりしているように思います。

お話の中のことばだから覚えてしまう、ふしぎな感覚

英語がクリアにはっきり聞こえていく高大生の頃は、意味がきちんとわかってことばに自分の気持ちを乗せられるから、はっきり聞き取れる。だから安心して物語に浸れるようになっていく。

 ライブラリーの音楽にぴったり、台詞やナレーションを合わせられること。自分の台詞のところだけではなく、お話全部をシャドーイングして身体に英語のリズムを浸み込ませましょう。

東北支部発表会で大学生達が宮沢賢治の作品「セロ弾きのゴーシュ」をしました。OBのS君は山崎Pのときは「ゴーシュ君。君には表情ということがまるでできていない。怒るも喜ぶも、感情というものがさっぱり出ないんだ。それに、いつでもきみだけ、とけた靴のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ、困るよ、しっかりしてくれないとねえ。光輝あるわが金星音楽団がきみひとりのために悪評をとるようなことでは、みんなへもまったく気の毒だからな。」の指揮者だったよね。今回はナレーションとカッコウの役。思い起こすと彼のラボライブラリーの聴きこみは「かっこう」そのものでした。 この物語で思うに、指揮者と猫までは私の役割かな?と。ラボっ子達はカッコウになってほしいし、なれなければ、タヌキも野ネズミにもなれないのではないかと。

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