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エピソード記憶

今学期は「ブレーメンの音楽隊」「はだかの王様」「太陽げ飛ぶ矢」のテーマで活動しています。 さて、ラボの「はだかの王様」が発刊されたのが1970年、今から40年前です。日本語の語りは野村万作(人間国宝)、英語はC.W.ニコル氏。 物語を楽しみながら自然に英語が身につくように配慮した・・・と書かれてあります。40年前でもさすがに響きの良い声・・飽きることがありません。改めて、古いライブラリーもいい、と聴いています。  ラボっ子達が、物語の想像の世界をさらに拡大して、独自の表現を創り上げていったら さらに 楽しいことでしょう。       もし、CDを英語の教材として、一人で聞いていたとして、どこまで深まるのかな?どこまで楽しめ、心に落ちていくのかな?    グループ活動の中で、同じ物語を共有する子ども達の集まりだから、密度が濃く、充実したものにしていくことができるのかと思うのです。  ところで、テーマ活動とは?               ラボ40周年を迎えた数年前「ラボ言語教育総合研究所」が発足されました。これは様々な分野の専門家と語学教育関係者が協力して、ラボ教育が、どのような特徴をもった人材を社会に送り出してきたか、といったラボの実績の学問的な評価と分析、また、激動するこどもたちの環境に合わせて 発展、強化などを重点的に研究するねらいを持ちます。その中で、門脇厚司(教育社会学・筑波大学名誉教授)は、「テーマ活動が言語運用能力を高める理論的な根拠」を著書「大人になったピーター・パン」言語力と社会力の中で示されています。 ラボのテーマ活動は、『子どもたちがライブラリーを聴いて物語に入り込み、登場する人物に共感しつつ内に取り込むことにより、彼らの考え方や生き方に学び、自分の人格形成の糧にしていく。それに加え、主人公たちが具体的な状況の中で口にするセリフを、状況の場面と一緒に丸ごと記憶する(登場人物がそのとき抱いていた感情と自分の感情を重ね合わせながら) 実際的な言語運用能力をつけている効能も見逃すことはできない』と述べています。     国際交流から戻ったラボっ子達が、「英語はイメージが浮かんできた。国際交流はテーマ活動に似ていた・・・」と感じることもそうなのかと思われます。これがエピソード記憶かと思われます。私たちはこれまでに経験した様々な事態の記憶をもとに考えをめぐらせたり、決断をしている。こうした理屈ないし理論に依拠して、ラボ・ライブラリーを聴き、登場人物がその言葉が発せられた具体的な状況と一緒に、しかもその人物のそのときの気持ちやら感情やらを追体験しながら記憶している。テーマ活動を通して憶えたセリフは、ラボっ子が大人になっても忘れることはなく記憶されると考えられる。とすれば英語であれ、日本語であれ、記憶されたセリフは、仕事の場であれ、日常生活であれ、物語のなかでの場面(状況)と同じような場面に遭遇したとき、そのままの状態で口に出さなくてもアレンジしたり、多少の変更を加えたりして、活用できるであろう。それだけラボっ子の言語運用能力が高くなっているということである。人間のことばには必ず、そのことばに託した気持ちがこめられている。状況や感情を丸ごと体験して、はじめて長く記憶に残ることばを学ぶことができるとしたら、テーマ活動をはじめとする、様々なラボ教育活動は、まさに「人間の心の表現としての英語」教育の実践の場だといえる」  抜粋しました。               

人生

「私は道を見つける。さもなければ道を造る」byロバート・ベリー

 数年毎に何か新しいことをしてみたくなる私ですが、ラボだけは4半世紀も続けてきました。ラボはあまりに深くて、いまだに試行錯誤の毎日です。英語そのものが甘いものではないし、国際社会は広すぎるし・・・・・でも子ども達はひとりひとり違っておもしろい。  今朝の天声人語に「どんな人生であれ、一つをほぼやり遂げた事実が言葉に重みを与える。」と。ラボをやり遂げてみよう、そのために今年は私のラボ25周年、新たな岐路に立ってみよう、今、3ヶ月半ほど、IT講座を受講中です。学びが楽しい、ITがこんなに深く広く便利で、もちろんメリットがあればリスクも伴うのですが、いい加減ではなく、しっかり学びたい、そして行かせる技術を持ちたい、と平日はほぼ、通いづめです。   また天声人語の続きですが「不幸な国の幸福論」日本人は他の目を気にし、世間のいう「幸福行き」のレールを外れまいとする。勢い、個は育たず、子どもは考える力を奪われる・・・・」と。「幸福の形を決めつけないしなやかな精神。そして挫折も幸せの要件だ」「冬季五輪の最高の選手達の待つ栄光と、その何倍もの挫折に思いをはせよう。」

2月7日(日)朝日新聞の「文化」より

年齢と性格と能力を 異にする子ども達が一緒にいれば、おのずから社会性が生まれる。

年上の子が気を配っているから小さい子は安全に遊べる。小さい子は大きい子を見て学ぶ。即製の小さなコミュニティーの中でそれぞれのポジションが定まる。リーダーシップの訓練も行われる。ところが、高度成長の途中で、日本では年齢を超えた子供同士の縦の関係が消えた。彼らは学年に押し込まれ、塾に縛られ、学力だけで評価されるようになった。抜け道があるとすると、消費者になることだけ・・・。

他者とのつきあいのトレーニングを経ないまま思春期に追い込まれる子どもたちは、どうやって社会性を得るのだろう?  「時代が下降と崩落に向かっていけばいくほど、ラボのような活動が成り立って行くのは経済的側面からのみ見れば、厳しくなると思われるかもしれないが、これからはイメージから変われ!が先決の時代なのだ。ラボがラボたる原理原則を厳守しつづける限り、時代のニーズにますます応えていくことになるであろう。」とは、ラボ教育センター元役員の松本氏の言葉、同感です。

一期一会の気持

NHKテレビ「追跡!A to Z」 “言語力を磨け!日本人よ もっと自己主張せよ! 企業も苦悩・・の番組を観て、元ラボ・テューターの友人からのメール

 「いま 日本人の言語力が危ない、という内容のものでした。   どんどん世界が混じり合って行く中で、日本人が 自分の考えを持つことや、自分を表現していく力が無いことが 大きな問題になっているのだ・・・と。サッカーのオシム監督が そのことを鋭く批判していました。 それを乗り越える教育というのを とある高校の取り組みとして、紹介されていて その内容は ラボと同じ様な事をやっていました。 英語を話せないのは 日本語を話せないからです。  これまでの 変な日本の学校教育が 急速な国際化において、問題が浮き彫りになってきているんですね。 
帰郷したT(もうすぐ海外勤務の息子)と話しをしていた中で 同じようなことが話題になりました。 今、彼の会社でも そのことが大きな課題となっていて ラボみたいなことをやっている、と言いました。 いろいろな立場、国などの違いの場面を設定して ロールプレイも しているそうです。やはり、グローバル化の中で これまでのような暗記だけの頭の良さでは対応できないのですね。 自分の意見を持ち、言葉にだし、相手と協調していく力が 不可欠なんです。 それ無しではもう無理です。Tは、「そういうことって、ラボキャンプやシニア研修、中高生合宿でずい分、やったな」と言いました。 彼らは自分がラボから受けたものを社会に出て、何年も経てから気づくのかもしれませんね。」

先週の中高生グループは、図らずもテーマ決めで、ディベートになっていました。通常パーティでも、もっと意見を言いあう時間がほしいと思いながらも、そればかりに時間をさけません。意見不足を補うためには、もっとメールの活用を利用していく方向で考えていかなければ、と思っています。イベント毎の感想メールを積極的に書く子は、パーティ活動でも自分の意見をより多く言う子でもあります。ノートに自分の考えを書いてもいいです。ノート活動も、やらずに済ませてしまうと、楽な方に流されやすいので、自主的に継続してほしいと思っています。

「一期一会」私がラボ山崎Pを開設してから四半世紀になります。たくさんのラボっ子達と出会いました。ひとつひとつの出会いを大切に、一人一人と真剣に向き合ってきたか、自問自答しています。あっと言う間の25年でした。小さかった子ども達が社会人として、厳しい社会情勢の中においてもしっかり生きています。出会いを思い出の中に置くのではなく、これからも大切なヒューマンネットワークとしていきたいです。

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