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眠れない夜

やっと夜が白みかけてきました。暁は《あかとき(明時)の音変化》と。庭の水音に小鳥の声が入ってきた。覚悟してきた時がきたようです。明日からの4日間の蔵王キャンプは、行く準備は済ませてきたものの、娘に代わってもらうことにします。2歳から大学生までラボキャンプ経験し、パーティ活動も ひとりひとりのラボっ子達の今に寄り添って私よりよく知っています。私は彼らの道を創りたくて全体を見ているのかもしれません。        昨日は明方から母の容態が急変しました。本当は急変ではないのかもしれないけど(前日は、母が家族や孫やひ孫達の写真を見ながら確認するように「大往生だよ。これでいいんだ。」と言いました。夕食は最近は毎日、ご近所のお友達が寝る前の1時間ほど、一緒にいて下さって、好きなものを食べて(昨夜はお隣の方が作って下さったサンマやレバーの煮付け、ご近所の方々の果物、野菜、デザート・・口にするのは少しづつですが、美味しい、と言いながら) でも、在宅医療の限界にきたかと思いました。モルヒネが届く時間を聞きながら・・それより病院で痛み止めの注射をうってもらう選択をしました。救急車がサイレンを鳴らしながら家の前に着いたので、ご近所の方達が出てきて、見送ってもらえました。福島の妹が昨夜は母に付き添って寝るというので、私はいったん、戻ったのですが、眠れない長い夜でした。今、新潟の妹が車で向かっていることでしょう。今晩はその妹が泊り込んでくれるだろうから、今夜、私は郡山に戻って、準備しなおしてきます。 お隣の方が母に頼まれていたようで、周りが動いている気がします。こういうときの司令塔は私ではないようです。意識がない状態になっても母なのかと思えてきます。でも携帯に電話が入らないから、持ちなおしているかもしれませんね。きっと病院にいったら大丈夫かも。また、新しい今日が始まるから。

静かな湖

30年ぶりに会った友人と猪苗代湖に。連日の猛暑でも森の中のウッドハウスは涼しく、キャンプ施設は貸切状態で、マイビーチのようでした。茨城のり子さんの詩《みずうみ》・・・お母さんてものはさ、しいんとしたとこがなくちゃいけないんだ・・・。・・人間は誰でも心の底にしいんと静かな湖を持つべきなのだ・・・生きて暮らしていくということは、「しいん」としたこの湖を 人知れず、日々深める作業そのものかもしれない。そうして、ひとの魅力とは、・・・たぶんその湖のあたりから発する霧だ・・湖のはるか向こうの山に沈む夕日を見て、満天の夜空を仰ぎ、朝は霧の湖の砂浜にテーブルを運んで朝食をとりました。30年間の時間がうまっていく気がしました。http://picasaweb.google.co.jp/chamopon/yURmWG

「貯金」という詩

 今日の天声人語から「私ね 人から優しさをもらったら 心に貯金しておくの 寂しくなった時は それを引き出して 元気になる あなたも今から積んでおきなさい 年金よりいいわよ」 99歳の柴田トヨさんの初詩集『くじけないで』 お独り住まいで、訪問医やヘルパーさんに支えられている・・と。  私は、しばらくブログを書けずにいました。ひと月前の雷でインターネットにトラブルがあったのですが、それよりも気が沈む日々が続くようになったから・・。前回のブログに介護がさほど暗くない・・ようなことを書いたことを訂正しなければ、と思い、ちょっと書いています。最終ステージになると暗くならないはずはないんですね。どこかで理想的な介護をしている、と高をくくっていました。父が脳梗塞で倒れてから8年、母も本格的介護になって半年以上です。それでもご近所の方々は、毎日のように入れ替わり立ちかわり、実家に立ち寄って、おしゃべりしていって下さいますし、ヘルパーさんは、平日は毎日、優しくお世話をし、訪問医や訪問看護師さんも親切です。それでも、身体が苦しいときはニトロを飲むからか、精神状態が保てなくなるのかもしれません。  さて、トヨさんの詩集から「私ね、死にたいって思ったことが何度もあったの でも詩を作り始めて 多くの人に励まされ 今はもう 泣きごとは言わない」   誰もが、限りがある人生を生きています。人生のクライマックスとエンディングを満足できるようにしたいものです。

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